「混合→母乳」経験談


ろぼこんさんの場合

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〜生理が来てからでも完全母乳にできました!〜



母乳のみになった時期  : 2ヶ月頃



 「産院選びは慎重に」ということは聞いていました。が、「母乳教育」というものが 病院によってさまざまであることは恥ずかしながら知りませんでした。
 私の出産した病院では、赤ちゃんが生まれた直後にへその緒を切り、助産師さんが 近くまで赤ちゃんを連れてきて、ほんの少し眺めさせてもらったあと、「もういいかな?」 と体重などの測定をするために連れて行ったため、その時赤ちゃんは私の胸に抱かれることはありませんでした。
 後産の処置を終え、病室に戻り家族といるところに赤ちゃんが連れてこられ、初めて抱っこしました。
しばらくすると赤ちゃんは泣き出しました。
 その時、衝動でおっぱいをあげたくなり、「くわえさせてみる」という私に家族は、 「ばい菌とか気になるからやめとけば?」と言ったので思いとどまり、赤ちゃんをただあやしました。
 今から思えば母乳が例え出なくても吸わせておけばよかったな、赤ちゃんはさぞかし不安になっただろうな、と思います。
 授乳は24h後からで、赤ちゃんはその間、糖水でがまんしていました。
分娩後の初トイレで授乳室の横を通ると胸がキューンとなって、赤ちゃんのことが気になってしょうがなかったです。 これまた今から思えば会わせて下さいと気軽にお願いすればよかったな、と思います。
 ようやくの授乳は、三時間おきに授乳室に出向き、おっぱいを10分ずつ吸わせてミルクを足す、という昔ながらの方法(?)でした。
 授乳室において、談笑しながら授乳している経産婦ママたちの横で、補助の乳首をつけながらかっこ悪く悪戦苦闘している私は、 情けない気持ちにたびたび陥り、 どこか静かな場所で、赤ちゃんとふたりきり、周りを気にしないで思うように格闘しながらおっぱいをあげてみたい、と思ったものでした。
 今思うとこの病院のような授乳形式は、赤ちゃんが衰弱するというリスクを減らすためなのでしょうが特に初産には向いていなかったと思います。

 そんなこんなで退院後の里帰り先でも当然ミルクを足しました。
母乳オンリーになるには私のぺチャパイでは時間がかかるのだ、いつかおっぱいも十分張ってくるだろう、と信じて・・・。
 しかし眠い時に哺乳瓶をあらったり、ニップルシールド(病院でつかっていたのと は違う、薄いシリコーンゴムでできていて赤ちゃんに吸われると下の乳首も伸びるやつ)を消毒したり、 だんだん母乳をあげるのが辛いと感じ始め、ミルクを足す量は日増しに増えていってしまったのです。
 ある日、洗うのめんどくさいから直接吸わせてみよう、とニップルシールドをやめてみたら、吸えてるじゃないですか!
薄いゴムでできていたため、吸われているうちに乳首が完成していたのです。
が、すぐお腹が空いたと泣くのでミルクは足し続けました。

 そして里帰りから自宅に戻ったころ、赤ちゃんの月齢一ヶ月すぎくらいに生理がきました。
もう生理がきてしまっては母乳はこのまま止まってしまうのではないかと焦り、ネットを検索、このホームページにたどり着いたのです。

 そこで私は間違いだらけの知識しかなかったと気づきました。赤ちゃんはすでに月齢一ヶ月を過ぎました。
もう手遅れかもしれないという不安を抱えながら、そこで得た情報どおり、赤ちゃんが泣いたらおっぱい、次泣いたらおっぱいと、 一日中おっぱい出しっぱなしの生活をスタートさせました。
 いつまでもおっぱいを離そうとしないときはひとまず休憩して、でもミルクは足さず、また三十分後にはおっぱいを吸わせました。
しょっちゅうおっぱいだと家事はまったくできず、旦那には迷惑かけたけど(本当は里帰り中にこの生活をしておくべきだった)、 説得して理解を得ました。哺乳瓶を洗う手間が省け、だんだん「らくちんじゃん」と思えるようになり、 気がつけば授乳間隔も2時間〜3時間あくようになりました。
 生理がきても母乳は止まらないし、張ってないふにゃふにゃおっぱいがいいおっぱいだとういうことは、 ミルクを足さなきゃ発育不全になると考える世代の義母には通用せず、ミルクをあげろと言われることもありましたが、 聞き流していました。

 月齢2ヶ月を過ぎるころには母乳だけで昼は2時間ごと、夜は3〜4時間ごとの授乳間隔になりました。
スタートでつまずいて挫折しかけた完全母乳の道がひらけてきてよかったです。


2003/08/18に寄稿いただきました。




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